上山ラプソディ

ポジティブになれる珈琲

♯13

ポジティブになれる珈琲

牧野洋己さん

珈琲焙煎士。2009年、かみのやま温泉から少し離れた狸森地区に狸森焙煎所をオープン。地域の方はもちろん、そのこだわりの珈琲を味わうために遠方から訪れるファンも多い。おとぎ話に出てきそうな佇まいの店舗は廃屋をセルフリノベーションしたもの。

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ビジネスマンから珈琲焙煎士へ

東京都出身で、もともと都内の総合商社働いていました。当時は若かったし、何がしたいっていうのが見えてなかったから、バリッとしたスーツて、でかいビルで働くのがいいかなって思ってただけ。でも、いつかは自分で何かやりたいと思ってて。好きなことを仕事にできれば幸せかな、と。で、それが珈琲だった。中学2年くらいから豆を買ってハンドドリップしていたんです。最初はネルドリップとか色々使っていたんだけど、腕次第で美味しくもなるし不味くもなるKONOというドリッパーに出会った。その職人的な感じが楽しくなってセミナー行ったり、自分で研究していたら、お店で飲むよりも自分で淹れる珈琲が一番美味しいなって思うようになった。珈琲を自分でうまく淹れられるようになると、じゃあもっと良い豆を使いたい、となる。でも良い豆を買いに行くのも大変だし、なかなか見つけられない。じゃあ自分でやればいいんじゃないかって焙煎も勉強しだして。性に合っていたのか焙煎も上手くできるようになったので、それで珈琲を生業にしてやっていこうと決意しました。

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自分を上回る珈琲との出会い

さあやるぞ、と会社を辞めて準備していたんだけど、最後の師匠となる中川ワニさんの珈琲を飲んだらそっちのほうが美味しくて。それでワニさんの元で修行をしてから開業することにしました。ワニさんは実店舗を構えず、注文に応じて届ける個人焙煎人のパイオニアです。当時は豆それぞれの良さを引き出すためにシングル(単一農園・単一品種の豆)で焙煎するのが主流で、自分もシングルしか焙煎していなかったのね。でも、ある程度焙煎が上手くなると、同じレベルにいく人はいっぱいいる。だから似たような味が出回っているんです。でも、それじゃ面白くない。ワニさんはブレンドで、いろんな国の豆を生豆の状態で混ぜて一緒に焼くわけ。そうすると、そこでしか生まれない味になる。生豆の状態で混ぜると釜の中で焼いてる最中に調和される。煮物でも、それぞれの素材をそれぞれ煮てから合わせるのと、一緒に煮るのでは違うでしょ。そこでしか生まれない味って言うのが面白いなって思って。この方法に出会ってからはブレンドだけ焙煎するようになりました。

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たまたま通りかかった狸森(むじなもり)

実は、北海道の洞爺湖で開業する予定でした。それで、奥さんの実家(山形市)に説明に来たんです。その時期の山形の新緑がすごい綺麗で、手付かずの自然を初めて見たような気がして、気軽な感じで物件探しに飯豊とか行ってみようか、って向かっていたら「狸森」っていう地名が気になって。そしたらいい場所に廃屋があった。持ち主を近所に聞いて回りましたが、当時ロン毛の金髪だったから誰も教えてくれなくて(笑)。でも「やっぱあそこ良かったな」って諦めきれなかった。川も流れていて、水辺で焙煎したいっていう想いもあったので。それで、今度はお義母さんを連れて、もう一度近所の方に聞いたんです。そしたらすぐ教えてくれた(笑)。そういった経緯で地主さんに辿り着いて、ここで開業することになりました。狸森焙煎所っていう名前は、単純なんだけど、この辺の施設って、診療所とか製材所とか全部がついてるから焙煎所がいいかなって。今でこそ焙煎所っていう名称が付いたロースターが増えてるけど当時はなかった。狸森っていう地名も可愛いからね。地元の寄り合いで「狸森焙煎所にする」って伝えたら、みんな喜んでくれました。

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その日の気分で焙煎

うちには定番ものはないんです。その日の気分で作る。ブレンドは今まで100種類以上作っています。味は全部覚えてて、今日はこれを飲みたいなって思ったものを作る。ものづくりって何でもそうだと思うけど、やりたいことをやったときに一番いい結果が出てくるし、ポジティブなものができるんじゃないかなって思うので。定番ものを置いておいて、無くなったら焼かなきゃいけないってなると、そんなに気分が乗らないからいいものができない。今飲みたいなって思うものを作ると、それがいい結果になる感じがしています。前作ったものをリピートすることもあるし、今までにないものを作りたくなることもある。仕入れの豆も違うし、同じ農園の豆でも年によって違うしね。

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スイーツも上山の恵みを生かして

焙煎所がメインではあるけど、カフェもやっています。奥さんの作ったスイーツを目的に来てくれるお客さんもいる。スイーツは珈琲で独立すると決めて以来、東京のカフェで指導を受けていた先生に教わり続けているもの。フランスだけでなく、ブリティッシュやイタリアンまで幅広く作っています。珈琲をおかわりしたくなるようなお菓子を目指していて、地元の素材はできる限り使うことを意識しています。東京に比べて、果物も安くて種類も多いし、B品をいただいて練習もできる。果物は生食用が多いけど、クッキングアップルやブルーベリーを植えてくれる農家さんも出てきたり。都会だと500〜600円で出さなければいけないものを、そんなにお金かけないで出せるのは、山形・上山ならでは。

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自由でいることが大事

今は自分ができることしかやらないようにしてるけど、最初の方は結構頑張ってたかな。以前は7キロまで焼ける焙煎機で3回転とかやってたけど、今は多くて2回。その分売り切れになっちゃうこともあるし、通販も何ヶ月待ちになっちゃうこともあるけど。でも、そのほうがいいものができる。周りのスピードは変わっても自分のスピードは変わんないかなって感じです。珈琲はハッピーに暮らすために必要なもの。喉スーって入っていって、口よりも鼻から抜ける息で珈琲の香りの余韻が残る。胸が熱くなるほどに奥深い味わいが感じられてスーっと消えていくような珈琲が好きなんで、それをメインでやっています。それまで嫌な考えがあったとしても、そんなこと吹っ飛ぶような。疲れも取れて、ポジティブなことしか考えられなくなるような珈琲。お客さんにも、そんな珈琲を届けたい。実際、ここに来てリセットして帰ってくれる人がいて、一つの目的が形になっている瞬間ですね。

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洋己さんは、珈琲を淹れる佇まいも美しい。丁寧に抽出された「今日の珈琲」は、洋己さんが狸森の自然の中で感じる空気そのもののような気がした。旅となると、つい予定を詰め込んでしまいがち。とある旅の一日は狸森で珈琲を飲みながら、その日の心の声に耳を傾けるのもいいかもしれない。

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