上山ラプソディ

ここが元祖・観光果樹園?

♯12

ここが元祖・観光果樹園?

斎藤紀子さん

山形県で最初に観光果樹園を始めた斎藤観光果樹園の園主。明るくお茶目で、謙虚さも大切にしている紀子さんのおもてなしは、訪れる人を魅了し続けている。

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手探り状態でのスタート

うちが観光果樹園を始めたのは、かれこれ50年以上前。私の両親が始めました。その頃、かみのやま温泉は閑古鳥が鳴いていたそうで、母が親しくしていた旅館の大女将から「さくらんぼが実った時期にお客様に収穫体験させてもらえないか」というお話があったのがきっかけです。まだどこの果樹園もやっていなかったので、すべて手探り状態。道路は砂利道だし、お手洗いもありませんし。駐車場もなかったので、少し離れたところにあった小学校(現在は廃校)に大型バスを停めて歩いてきていただい。そのような状態でも、お客には喜んで帰っていただきました。

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常に賑わう上山の観光名所に

そのうち他の果樹園から「グループ作って一緒にやらせてもらえないか」と言われて、4つの果樹園でやるようになりました。その頃からかみのやま温泉にはお座敷列車が来るようになって、営業にも行かなきゃいけない。そういうのもどうしたらいいかわからないわけですから、自分たちで考えて、オリジナルの湯呑み茶碗や半纏を作ったり、みんなで頑張ったんですね。それで今の数倍くらいのお客様がいらっしゃっていました。常に賑わっていて、本当にすごい感じでしたね。

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私が継ぐからお姉ちゃん出してやって

最初は観光果樹園を継ぐつもりはなかったんです。私は3姉妹の末っ子ですが、継ぐはずの長女がいい人を見つけてお嫁に行くと言い出して。それで家族会議したに若気の至りで「私が継ぐからお姉ちゃん出してやって」なんてかっこいいこと言ってしまった。それで継ぐことになったのですが、最初は両親も祖父母も若かったので私が手伝わなくても十分間に合っていました。それで、上山の製薬会社に勤めたんです。事務と役員秘書を経験して18年勤めました。月給はかったんですよ(笑)。そのおかげでマナーや接待のやり方も身に付いて、今の仕事にも活かされています

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観光果樹園の域を超えたサービス

今は玉こんをサービスでお出ししていますが、私が高校2年くらいの時母がお団子をサービスで出していました。お客様はここに15分もかけて歩いて来てくれるわけですから、何かサービスをしなきゃいけないということで。お豆腐屋さんに棒状のお団子を作ってもらって、こちらでトントン切って、そこに自家製の醤油餡をけてお出ししていました。他にも、昔はいろんなことを試していましたよ。夜、旅館からお客様をご案内して、「夜桜んぼ」と名付けて花火を打ち上げたり。それは2日でダメになりましたけれど。お手伝いの方が朝から働いているので、夜は疲れて手伝えないって根を上げまして…。それから畑におかひじきとか紅花を植えて摘んでもらったりもしましたが、すぐに全部摘まれてこれも2日でなくなりましたね(笑)。

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いつの間にか縁結びの場に

お客様同士がここで知り合って結婚して子供ができて、その子供がまたここで知り合って結婚して、その子供さんたちが来ているっていう例もあります。親戚以上のお付き合いになりますよね。ただ収穫して帰るだけではそういう出会いはないかもしれないけど、この休憩用のテーブルがあるから自然と会話が生まれるみたいです。2時間くらいいらっしゃる方もいるので、いつの間にか仲良しになってるんですね~。それと昔のことですが、「東京を午前2時に出てきたので眠いから寝させてください」と言われて、私のうちの中で寝てる人もいましたね(笑)。「じゃあ朝ごはん食べる~?」って。ご飯と漬物だけだけど、お出したりね。このゆったりとした雰囲気がいいんでしょうね。

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山形県で最初に観光果樹園を始めたと聞いていたので、大規模でひっきりなしに観光バスが入ってくるようなところなのかと想像していた。それが、訪れてみたら何とも素朴で、気持ちのいい場所。ビニールハウスの中ではなく、見晴らしの良い丘にのびのびと育つ果樹たち。ここが、山形観光の原点であり、未来でもあるように感じた。