上山ラプソディ

大ホラ吹き住職の上山誕生物語

♯4

大ホラ吹き住職の上山誕生物語

鎌上宏さん

水岸山慈眼院観音寺住職。もとは小辺の観音、現湯の上観音は、湯女供養祭が行われるなど、はるか昔から上山温泉を見守ってきた場所。上山の歴史なら何でも知っている住職だが、それよりも伝えたいことがあるそうだ。

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上山に足りないのはストーリー

ワタシね、もっと根本的な所が必要だと思ってる。有史以降の具体的なことじゃなくて、もっとロマンチックなストーリー。ここは城下町だからいっぱい話題はあるの。でも、それを統括するようなストーリーがない。それがあったら全国に広まると思うんだよね。上山には神の山、“ゴッドマウンテン”という由来があるんだろうけれど、そこに触れた物語が足りない。スサノオノミコトとか、地球規模のストーリーとか、そういうのあった方がいいんじゃないかと思う。ワタシ、こんな話していいのかな?

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蔵王山の神様と湯殿山の神様が結婚?

蔵王と湯殿山が物語(フィクション)の始まり。“7万5千年前に、蔵王が噴火して上山を覆ったから、観音寺のいわれである「鏡ヶ淵」が上山盆地の底にある湖だった”というところに触れている話がない。湯殿山があって、江戸からたくさんの行者や修験者が来たっていうところから始まっている物語が上山にはない。だから私は蔵王権現の神様と、湯殿山の神様が結婚して「上山はいい地だからもっと良くしよう」って働きかけたっていうフィクションがあっていいと思うの。

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ホラを吹き始めたきっかけ

ワタシはね、観音寺の成り立ちを知らないでお坊さんになった。でも、調べていくと天地人の恵みはいっぱいあるんじゃないかって思ってね。それでホラ吹き始めたんです(笑)。ここに来たお参りの方には吹いてませんよ。ここで寅さんが撮影したんだ~とかは話しますけど。でも、観光都市上山としてはそれだけではよそに負けると思うんだよなぁ。だから軸を打ち出した方が良いんじゃないかと思うんです。ワタシ小説家になりたかったこともあって。フィクションの世界です。読みますよ。

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長禄年(1458)開湯 かみのやま温泉物語

~湯治場として、宿場町として、城下町として栄えた上山温泉

昔々ある時に、吉野の熊野から一人の仙人が蔵王熊野にやってきました。仙人は素晴らしい眺めに心を癒やされながら、北に鳥海、月山の峰々を眺め、南に吾妻、安達太良の山々を眺めて過ごしていました。その折り、月山の懐に霊気を感じて不思議に思っていました。

一人住まいの熊野仙人は吉野熊野に帰りました。もともと吉野熊野の麓にお伊勢姫という女仙人が霊感あらたかに住まわれ、熊野仙人と仲良くしていましたが、ずいぶん時が立って幾度目か蔵王に戻ってくると、月山の山肌の霊気は不思議な色彩を帯びて輝きだし湯殿仙人(実は弁天様)となって姿を現しました。そこから蔵王の仙人と月山麓の湯殿仙人(弁天様)は行ったり来たりしながらも蔵王の西に広がる山裾を眺め、霊感の不思議を話し合いました。

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あるとき、天上で二人の仙人が上ノ山(霊感ある神の山)を眺め、術くらべをしました。どちらが豊穣な恵みをもたらすかの術くらべです。蔵王の仙人は地上を見おろして作物の豊穣を考え、湯殿仙人(弁天様)は龍にまたがって地下の湯脈を見透しました。そして二人の仙人はこの地を恵みの地にするために競い合い、蔵王仙人は自ら噴火して西に溶岩を流して川をせき止め、淵としました。淵は鏡ヶ淵と呼ばれました。湯殿仙人(弁天様)は湯殿につながる湯脈を見透し地に孔を穿ち湯の湧出を図りました。上ノ山鶴之湯です。

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後世江戸時代上山藩の御用絵師丸野清耕(※1)がその霊感を得て「龍に乗る弁天」(※2)、「蝦蟇(がま)仙人術比べ図」(※3)を画いたのはこれに由来します。仙人たちは永い時をかけて自然の恵みを競い合い、鏡ヶ淵の堆積物で豊かな土壌を永い永い時間をかけて造ったのです。そしてある時に鏡ヶ淵の堰の水を竜王橋たもとの峡谷で開放しました。また、湯殿仙人(弁天様)の計らいの通りに西山麓に温泉が湧出したのです。二人の仙人は人々に恵みをもたらす術比べを終えると、目出度く結ばれて祝福の仙人の称号を得ることになりました。二人はさらに将来に亘って福をもたらそうと、一人の仙人は「湯殿山の命の神」(水分神(みまくりのかみ))に、もう一人は「蔵王山の蔵王権現」として古里に帰り、見守り続けたのです。

片や農耕神として関東以北の尊崇を受ける「水分」神は、生命の源の清浄水をもたらす山の神として「湯殿山詣で」の象徴となり、片や陸奥(みちのく)の連峰神として刈田嶺、不忘山と呼ばれる歌枕の山の神は、吉野から蔵王権現を勧請して修行をする「蔵王修験(しゅげん)」の霊山、夏冬の娯楽のメッカとなり、相俟って上山温泉は豊かな食材に恵まれ、六根清浄、心身を清め浄化する豊穣な癒やしのベースキャンプ(登山基地・自然散策・恵みの温泉地)として栄えることになったのです。

爾後譚

その後、二人の仙人は産土(うぶすな)の神として多くの子供を産みました。蔵王連峰の麓に山寺を設け、湯殿仙人は慈恩宗の修行場を造りました。

さらに永い時を経て最上川沿いに観音菩薩の霊地を設け、上ノ山に水辺の観音、高松観音の霊地を設け、最上地方まで三十四ヶ所霊場を形作る森厳な聖地をもたらし、いのちの尊厳を育むベースキャンプとしたのです。

※1 丸野清耕
天明4年楯岡(現在の山形県村山市)生まれ。上山藩御用絵師。上山藩士丸野家の婿養子となり、江戸に上り狩野派を学んで多くの絵を残した。

※2 龍に乗る弁天の図(絵馬)
寒河江庄屋の要請に応じて、丸野清耕が赴いて描いた。寒河江市の寒河江八幡宮本殿に奉納されている。

※3 蝦蟇(がま)仙人術比べ図(絵馬)
上山藩主が丸野清耕に命じ、新庄戸沢藩主に贈った絵馬。最上町富澤にある馬頭観音堂に奉納されている。

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これだけでは面白くない。次が肝心なんです。

その後の話として

上ノ山温泉宿場城下町の有志は、上ノ山を発着拠点として、出羽詣るコース、蔵王権現体感コース、最上三十三観音巡礼コースを、要望に応じた名所巡りに合わせて準備しています。どうぞお問い合わせご相談ください。

こんな感じですよね、観光協会としては(笑)。地形を造ったのを神様にしたということだけ作り話ですが、あとは文献や事実など元にしています。

(この後、話の元となった文献や事実のお話が続きますが、編集の都合で大幅に割愛します)

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ちゃんと根拠もあるんです

7万5千年前に蔵王が噴火して、蔵王の山肌から下って三千刈の方まで火砕流を上げたので鏡ヶ淵が出来たということも山形大学の地質学の先生が言ってる。温泉場は西山の麓の断層に沿って山辺・中山・寒河江温泉を通って湯殿山まで続いているわけだ。東には温泉はない。住吉から記憶に残るが、湯殿山が歴史上登場したのは1600年頃で、伊達も最上義光も湯殿山に祈願札を納めています。それまでは隠れていたんです。だから湯殿山系統はお姫様でなければならないし、噴火した蔵王は男でなければならない。そこで仙人の男女を出したんですけどね。ここまで来ると自信たっぷりに言い始めてるけど(笑)。だけど地形を造ったのは自然だし、全ての歴史的事実をつなぎ合わせると蔵王山と湯殿山に行き着くんじゃないかなと。という事で、ワタシの喋りたいことを強引に喋ってしまいました(笑)。

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当初は、上山温泉の歴史や湯女の話を聞くつもりだったが、最初にその質問をしたらあからさまにがっかりされ、奥から事前にまとめておいてくださった資料を持ってきてホラ吹き話が始まった。その話し方は以前高校の国語教員をしていた頃の姿を彷彿とさせる。湯水の如く溢れてくる言葉の端々にあるのは上山への愛情。湯の上観音に訪れた際にはぜひホラ吹き住職に声をかけていただきたい。ここでは割愛した物語の背景や、はたまた聞いていない話まで嬉しそうに話してくれるはずだ。

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