♯6
手付かずの昔を感じ、味わえる場所
佐藤道子さん
楢下宿ばあちゃんずくらぶ代表。宿場町の面影を残す上山楢下集落には今も古民家が点在しており、その一つ「大黒屋」で、ばあちゃんずの8人が郷土料理を振る舞っている。
「おおばあちゃんずくらぶ」から引き継いだおもてなし
楢下にある茅葺屋根の古民家・大黒屋に見学に来る方にお茶出したのが一番最初でした。楢下の豆腐屋さんの厚揚げに、その時々で辛味噌や生姜醤油を添えて。漬物と厚揚げで300円くらいでお茶飲んでいただいていました。実は、私たちの前に「おおばあちゃんずくらぶ」があったんです。その方たちがもともと古民家掃除をしていて、お客様が見学に来るっていうと漬物持ってきたり、お茶出ししていたんです。でも当時は水を汲む場所もなかった。それで、小さくてもいいから水道が欲しいって言い続けて、10年目にして、立派な調理室を作ってもらいました。それから私たちが「ばあちゃんずくらぶ」として引き継ぎ、古民家で郷土料理を出すようになったのです。
それぞれの得意分野を持ち寄って
メンバーの本業は農家。ばあちゃんずを始めた頃はみんな50代で、農業が忙しくて予約があっても出られないこともありました。本当は予約なしで、ぶらっと来て休める場所があればいいんだけど。農家の仕事は「この時期じゃないとダメ」っていうことがあるから。料理はみんな素人で家庭の味。でも得意分野はあるんです。酢の物が上手な人、切り方が上手な人、盛り付けが上手な人…。お品書きは絵が上手なメンバーが描いています。それがすごい人気で、お客様も「もらっていいですか」って聞いてくる。お料理だけじゃなく、楢下の絵が描いてあって、ファンが多いんです。そういう得意なことを活かし合っています。
材料をほぼ楢下で調達できる究極の地産地消
ここには醤油屋さん、お豆腐屋さん、こんにゃく屋さんがあり、米も野菜も果物も採れて地産地消が当たり前。既製品は使いません。地のもので、楢下の家庭で作られるような料理をお出しする。四季ごとにメニュー変えながらやっています。メンバーみんなが生産者でもあるからコストが安い。スーパーで買ったら500円のものを「100円でいいよ」と。だから安くていいものをご馳走できます。あとは人件費を考えていません。ここで働くことを楽しみに来てくれているメンバーだから、1時間いくらっていう給料ではないんです。それでも、みんな不満もなく9年間やってこれたのはありがたいし、このまま続いたらいいなって思います。少しでもお金が入るようになればもっと嬉しいですけれどね。
人口減少を少しでも遅らせるために
人口も減って若い人も出てってしまうから、楢下にたくさん人を呼びたいっていう想いが根底にあります。現在楢下の集落は84軒。お年寄り世帯も増えていて、10年後も想像できる。だけど、過疎に向かうのを少しでも遅らせたい。ここには楢下宿研究会っていうのがあって、それがすごいんですよ。その人たちに助けられて私たちもやっています。「楢下を良くしていこう」って活動している会で、楢下の茅を全部自分たちで刈って屋根の材料にしたり「自分たちで植えた蕎麦を自分たちで打って、みんなにご馳走しよう!」とか、やる気満々。宿場町だったので旅人をもてなす精神が少しずつ受け継がれているのかもしれませんね。
ありのままの楢下を伝えていく
楢下を商売のために開発するんじゃなく、そのままを維持して本当の昔を感じていただきたい。ばあちゃんずでも、冬場に昔からここで食べられてきた納豆あぶり餅を古民家の囲炉裏の中で炙ってご馳走しています。お土産を買ったり、お茶するところがないのは少し寂しいですが、人を呼ぶためのお店がないのに人が来てくれるってすごいなって思います。住んでいるとわかりませんが、楢下に入ってきた時の空気が「よその空気とは違う」って言ってくださる方がいて。ここはやっぱり特別な場所なのかもしれません。
楢下には、ばあちゃんずくらぶや楢下宿研究会のような団体が多数ある。市役所からのサポートも大きいと言うが、何かを提案されたら即実行に移すのは簡単なことではない。多くの観光地が画一的になってきている中、手付かずの昔の姿を守り続けている稀少な場所だ。これからのことを話している中で、「できたらいいなという希望だけど、希望はいつか叶うから」という言葉が耳に残った。